記紀の伝承では、三種の神器は天照大神の神代(よりしろ)として天孫降臨の際に天照大神より瓊瓊杵尊に授けられたとされている。
記紀神話では、天照大神が天の岩戸に隠れた岩戸隠れの際、石凝姥命が作ったという鏡。天照大神が岩戸を細めに開けた時、この鏡で天照大神自身を映し、興味を持たせて外に引き出した。そして再び世は明るくなった。のち鏡は天照大神が瓊瓊杵尊に授けたといわれる。現在は伊勢神宮の皇大神宮に奉斎されている。
八坂瓊曲玉とも書く。大きな玉で作った勾玉であり、一説に、八尺の緒に繋いだ勾玉ともされる。岩戸隠れの際に玉祖命が作り、八咫鏡とともに榊の木に掛けられた。
草薙剣(くさなぎのつるぎ)とも称される。記紀神話では須佐之男命が出雲・簸川上(ひのかわかみ)で倒したヤマタノオロチの尾から出てきたとし、その時の名前は都牟刈の太刀(偉大な力を持つ太刀)であった。出雲国風土記では、出雲国意宇郡母里郷(現;島根県安来市)にてオロチ退治が行われたともされている。剣は須佐之男命から天照大神に奉納され、天皇家に天照大神の神体として八咫鏡とともに手渡された事になっている。一説には鍛冶の神である天目一箇命(アメノマヒトツノミコト)が作ったと言われる。
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皇居内に天照大神の御神体として八咫鏡とともに祭られていたが、崇神天皇(伝紀元前148年-紀元前30年)の時代に皇女豊鋤入姫命により八咫鏡とともに皇居の外に祀るようになり、途中で垂仁天皇(伝紀元前69年-70年)の皇女倭姫命に引き継がれ、あわせて約60年をかけて現在の伊勢神宮の皇大神宮(内宮)に落ち着いた。その後、倭姫命から、蛮族の討伐に東へ向かう倭建命に渡された。この時、倭建命が野火攻めから脱出する為に、この太刀で草を薙いだ事が草薙剣の名前の由来とされているが、クサは臭、ナギは蛇の意で、原義は「蛇の剣」の説が有力。倭建命が病死したのち熱田神宮に祀られた。